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コラム

20年ぶり新紙幣


新札の一万円札は渋沢栄一、五千円札は津田梅子、千円札は北里柴三郎の肖像が、それぞれデザインされている。
新札を発行する最大の目的は、偽造防止の強化である。一般に、新札発行から時間が経過すると、技術が陳腐化し、偽造のリスクが高まる。そこで今までも、20年に1回程度の頻度で新札が発行されてきた。
 
新札が発行されると、自動販売機、ATM、セルフレジなどを保有する業者は、新札に対応するように、新しい機種への入れ替えやシステムの改修を迫られる。これは、当該業界にとっては大きな負担となるが、一方でこれが、新札発行が生み出す経済効果でもある。
財務省が新札発表直後の2019年4月10日に衆議院財務金融委員会で示した日本自動販売システム機械工業会の試算によれば、新紙幣・硬貨を見分けるため、紙幣のデザイン刷新への対応で約7,700億円、500円硬貨の素材・細かな形状変更への対応で約4,900億円、合計で1兆2,600億円のコストがかかる見込みという。
 
2021年に発行された新500円硬貨については、今回の新札発行のタイミングに合わせて、新機種購入やシステム改修などの対応をすることを決めた業者が少なくない。その結果、新500円硬貨に対応した自動販売機は全体の7割程度にとどまるという。
さらに業界試算によると、ATMの新札対応コストは全体で約3,709億円と推定されている。以上を合計すると、新札発行への対応コストは約1兆6,300億円となる。それは、年間の名目GDPを+0.27%程度押し上げる経済効果となる計算だ。
 
また新札発行には、キャッシュレス化を後押しする効果があるとの指摘もあるが、実際には、その効果は大きくないだろう。新札対応のコストを節約するために、販売機などで新札対応を行わない業者は一定数あるだろう。あるいは、この機会に現金でなくキャッシュレスのみに対応する機種に入れ替える業者もあるかもしれない。
しかし、大手を中心に多くの業者は新札対応を行うとみられる中、一部の店舗の機種で新札が使えないからと言って、現金利用をキャッシュレスに切り替える人が、果たしてどれほど出てくるだろうか。
 
新型コロナウイルス問題が広がった際に、感染リスクを下げるために現金利用を控える人が増え、日本では遅れていたキャッシュレス化が進んだ。
次にキャッシュレス化が大きく進むのは、新札発行ではなく、日本銀行が中銀デジタル通貨(CBDC)を発行することがきっかけとなるではないか。信用力が高いデジタルの法定通貨をスマホ決済などで利用できるようになれば、人々のキャッシュレス化は進むだろう。そうなれば、日本での現金利用は大きく減少する。
CBDCの発行は、向う数年のうちにも正式に決まる可能性があり、2030年代には実際に発行されるのではないか。そうなれば、来月に発行される新札の流通もいずれ大きく減少するだろう。
日本銀行が1885年から約140年にわたって発行してきた紙幣のうち、本格的に流通し、広く利用される最後の紙幣になるという歴史的な意義が、発行された新札にはあるかもしれない。