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コラム

日本のインフレ率は192ヵ国中最下位


1990年代半ば以降、日本は四半世紀にわたってインフレ率がきわめて低い状態が続いていました。商品(モノとサービス)の値段はほとんど動かない状態が続いていたのです。しかし、そこにインフレがやってきました。
 
2022年になると、モノやサービスの値上げに関する記事をメディアで見かけることが増えるようになりました。同年夏に行われた参議院選挙では「物価高」が争点のひとつと言われ、その後に行われた内閣改造や国会においても、「物価対策」が重要なアジェンダとされていました。こうした報道に日常的にふれるようになった世の中の人々のあいだでは、現在の日本のインフレ率はかなり高くなったという認識が広がっているかもしれません。
 
それでは、実際に日本のインフレ率はどのような値となっているでしょうか。ここでひとつの興味深い、そして驚くべきデータをお見せします。
下の図は、IMF(国際通貨基金)が2022年4月にまとめた、加盟国全体の2022年インフレ率ランキングです。2022年がまだ終わっていない段階の集計なので、ここでの数字は各国でこれまで公表されてきた毎月の数字をもとにIMFが予測したものです。予測ではありますがこれまでの実績に照らして確度はかなり高いと考えてよいと思います。
 

 
上から高い順に、各国のインフレ率が並んでいます。日本はどの位置にあるかと言うと、なんとこの図のいちばん下、IMFに加盟する192カ国中の最下位となっています。
 
そのIMFが予測した2022年のインフレ率は、0.984%となっています。つまり、日本の物価上昇率は1%にも満たないと予測されているのです。ランキングのいちばん上にあるベネズエラは500%を超えるインフレ率で、その次はスーダンの245%、さらにジンバブエの87%と続きます。
 

このような「ハイパーインフレーション」の国々はまったく違う力学が働いているので例外と言ってもよいでしょうが、他の先進国も、たとえば米国は7.68%、英国は7.41%、ドイツは5.46%となっています。どの国も、インフレターゲティングの下で中央銀行が目標値として設定している2%を超えている点に注意が必要です。
 
ただし、今回のインフレについては、米欧は日本と状況が大きく違います。パンデミック後の経済再開も日本よりずっと進んでいますし、ウクライナの戦争の影響を受ける度合いも日本とは比較になりません。その点、おとなりの韓国は日本との比較にちょうどよいと言えます。戦場から離れているという点でも、また、経済再開が始まったばかりという点でも、日本と状況がよく似ているからです。しかしその韓国でもインフレ率は3.95%であり、日本を3%ポイント近く上まわっています。
 
海外の雑誌などを見ると、東アジアは総じてインフレ率が低く、その中でも日本はとくに低くて、米欧のようなインフレ問題は存在しないという書き方をしているものもあるほどです。日本に値上げの波が来ているのは事実であり、そのこと自体を否定するつもりは毛頭ありません。ですが、日本語メディアの報道と海外の視線には大きな隔たりがあることは、認識しておいたほうがよいでしょう。
 
2022年の米欧のように、中央銀行はインフレが起こると金利を引き上げることで対応します。容易に想像できるように、インフレが激しければその分、金利の引き上げ幅も大きくなります。しかも都合のよいことに、金利は青天井でどこまでも引き上げることができます。ですから、どんなに激しいインフレでも、中央銀行は金利引き上げで十分対応可能なのです。
 
ところが、インフレ率がゼロを下まわる場合、つまりデフレのときは事情が大きく異なります。インフレで金利を上げるのとは反対に、デフレでは金利を下げるわけですが、どこまでも下げられるかと言うと、そんなことはありません。「マイナス金利」というのを聞いたことがあるぞ、ゼロを下まわる金利も可能じゃないか、というように思われる方もいるかもしれません。
 
たしかに、ゼロを下まわる水準まで金利を下げることはできなくはないのですが、どこまでも下げていけるかと言うと決してそうではなく、金利には下限というものがあるのです。どこが下限かを数字で表すのは難しいですが、研究者のあいだではマイナス2%あたりが下限と理解されています。
 
デフレが起これば、中央銀行は金利を下げます。激しいデフレであればその分、金利の下げ幅も大きくなります。ここまではインフレのときと同じです。しかし金利には下限があるため、デフレがさらに激しくなると、中央銀行はもう対応できなくなるというポイントに、いつかは突き当たります。
つまり、中央銀行はインフレには強いがデフレに対してはそれほどでもないということです。そうであるなら、平時のインフレ率は「ゼロ」ではなく「ゼロを超える」値にしておくことで、デフレへの備えを厚くするのが賢明ということになります。先進各国の中央銀行がインフレターゲティングの目標値を「ゼロ」ではなく「ゼロを超える」値に設定している理由はここにあります。
 
消費者物価の水準の格差が日本とその他の国々とで年々拡大し、そしてそれが積もり積もっていくと、日本の物価が海外の物価に比べて3割も4割も安いという、大きな内外価格差が生まれてしまうからです。
日本は輸入に依存する度合いの高い国のひとつですが、とりわけエネルギーと穀物は多くを輸入に頼っています。今回のインフレではその2つの品目が激しく上昇しているので、日本の輸入物価も大きく上昇しているのです。
 
その一方で、日本のCPIインフレ率はほぼゼロで、世界の最下位です。これが何を意味するのかというと、海外から輸入する商品の価格は上がっているが、それが国内価格に転嫁されていないということです。どの国でも、輸入物価の上昇分を完全に国内価格に転嫁しきれているわけではないのですが、日本は転嫁できていない度合いが他国と比べて突出して高いということです。
 
少し違う見方をすると、日本のCPIインフレ率がほぼゼロで最下位というのは、価格を上げる必要がないから結果的にそうなった、というわけではないということが、ここには示されています。
輸入物価は上がっているので、CPIインフレ率が上昇する素地は十分にあります。それなのに、輸入品を加工し完成品に仕上げる企業や、輸入したエネルギーを利用して生産を行う企業が、エネルギーと輸入原材料の価格の上昇を自社製品の価格に転嫁するのを控えており、その結果、国内価格の上昇が抑えられているのです。
 
当然のことながら、これらの企業も好き好んで価格転嫁を抑制しているわけではありません。とくに輸入品を多く扱う企業(とりわけ中小企業)にとっては死活問題になるのです。